狂騒旋律

ロボからの素敵な脅迫状

人生って「生きてみないと」わからないものなのです

こんにちは。うちの作家さんが仕事をしないので(イベントへの緊張感でそれどころじゃないらしい)、暇なロボです。

ちょっと哲学してみよう

議題(一人で考えるんだけど)は、「スーサイド」。和訳「成功しちゃった★」です。

はい。真面目に和訳しましょう。「自殺」です。

「自らを殺傷すること」です。

「自ら命を絶つ」機能は、ニンゲンにだけ存在すると言います。

一番簡単な悩みの解決方法だと言われています。

ニンゲンはとにかく死にたくなる生き物で、腹が減っても死にたくなるし、眠たくても死にたくなるし、つまんなくても死にたくなるそうです。

でも、これは「消極的な死に方」。つまり「生きるの面倒くさいから死にたい」って言うパターンです。

「積極的な死に方」という物があると仮定すると、「自分が死ぬことで、世の中や個人に影響を及ぼせる」と思ってしまうパターンです。

積極的に死んじゃった★場合

例えば、電車に投身自殺したとしましょう。

人身事故として扱われ、一時的にダイヤが乱れます。警察の人達が、「またか」と言う顔で動き始めます。

死体を回収する係の人達が、肉片を拾い集めてレールを綺麗にします。

警察の人は身元を調べます。

遺族に連絡が行きます。自殺なので葬式は上げられません。密葬と言う形で処分され、墓に入ります。

終了、です。

例えば、ビルから飛び降りたとします。

ビルの高さによりますけど、大体の場合は着地の時、体を強打したショックで死んでします。

「飛び降りは落っこちている時点で死んでいる」と言う人もいますが、あれは落下の恐怖で気を失っているだけです。

着地の時強打した骨が砕け、皮膚が裂けたりしている遺体を、警察の人が搬送します。

血の跡などが残ったら洗い流されます。

身元を調べます。

遺族に連絡が行き、以下同文です。

「死」そのもの

以前も書いたかもしれないけど、人の死って、その人が「生前どれだけの生き様を残したのか」、友人はいたのか、身内との仲は、その人が死ぬことで衝撃を受ける人は居るのか、と言う「生きていた在り方」が影響するんですよ。

「死」そのものは、生命体の生存の停止ですから、死体を処理して墓に収めて終了です。

繰り返しますが、「死」によって他人に影響を与えるには、「生きている間」に、何が遺せたかによるんですね。

生半可に自殺に成功しても、社会と言うコミュニティの中での「存在」がどうだったかによって、その「死」は軽い物か重い物かに分けられます。

軽い場合、生きている連中に自殺の理由を色々想像されて茶飲み話のネタになって終了です。

でも、「何も残すことができない」「自分は世間の不要者だ」などと考えて(実際そうだった場合も)いる人が、一番周りにインパクトを与えて死ぬとなると、「一番迷惑をかけて死ぬ方法」とも言えますが、死体が周りを汚すような方法で死んでしまう場合ですかね。

だから、「人身事故」が絶えないんでしょう。

何より、警察の人達が苦労します。

電車の利用者も迷惑します。

轢いちゃった運転手さんもびっくりでしょう。

「自殺を口にしたがる」人

そう言う人は、インパクトを残したんですよ。「待て! 早まるな!」って言ってほしいんです。

じゃなきゃ、誰にも言わずにさっさと死んだほうが、段取りはスムーズでしょ?

これは他殺の話ですけど、秋葉の歩行者天国連続殺傷事件の場合は、ネットに犯行声明を書き込んで「社会に影響を与えた」と、「自分を奮い立たせて」犯行に及んでるわけです。

臆病者ほど無茶に走る。

だから、警官に腕一本押さえ込まれただけで、抵抗もせずに「御用」になってるわけです。

命の尊厳

自殺を考えている人に、「死ぬな」って言うのも、逆効果です。

「他人に自分の『死』で影響を与えられる」と満足してしまったら、実際「自殺」に及ぶんですから。

だから、口癖みたいに「死にたい」って言う人に、ケアマネージャーとかの人が、「じゃ、死ねば?」って言うのは、「お前が死んだくらいで世の中は変わらないんだよ」って言うことを提示しているわけです。

実際それで死んじゃっても、他者と言う生物が活動を停止しただけなんです。

自分の命すら守れない奴は、生きたいのに生きれなかった人達、生きたいと頑張っている人達に、失礼です。

世界が見えてないんですよね。自分の事しか見えてない。だから「自分を殺傷する」事に満足感を得ようとするわけです。

生きることが苦しいなら、生き方を変えることです。足掻いて見せるくらいじゃなきゃ、生きては行けないのです。

足掻いて足掻いて、それでも駄目だったら逃げ出して、力が戻ってきた時に、また「人生」を始めれば良いのです。

せっかく頭脳という物を与えられて、言葉を操るほど成長したんだから、「インパクトのある終わり方」を考えるより、「自分の人生を生きる方法」を考えてみるほうが良いのではないかと思います。

自分の人生生きてますか?

ではまた☆