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Luna-Rhythm’s blog

ロボからの素敵な脅迫状

祈ってても何も願いは叶いませんが承知の上ですね?

平均的日本人としては、日常の中で「神仏に手を合わせる」という事は、常々あると思うんだけど。

「仏」に手を合わせるのは、主に供養のためでしょ。だけど、「神」に手を合わせるのは、お願い事をするときが多いのではないのかいな。

 インドの人は踊りと歌で、それぞれが信仰している神を崇めるそうだけど、インドのヒンドゥー教も生活宗教なので、踊るのも歌うのも日常の中のひとこまなんだろうなぁと。

 インドの人のことは置いておくとして、最近はどうか分からないけど、日本人の場合は、神社に行くと、大体の場合「お願い事をすると叶う」と教えられます。

 でも、それは「他力本願」なお願いではなく、「自分はこうします。だから、見守っていて下さい」と言う、決意表明のほうが良いらしいのです。何もせず祈り続けても、「願い」は叶いっこないのだよ。

 受験生が絵馬書きに行くとかあるでしょ? ああいうのも、「ちゃんと勉強はしているけど、それでも不安だから決意表明(合格祈願)に出向く」ってことじゃん。

 自らの努力が前提なんだよね。努力しない人には、神様も見守りようが無いよ?

でも、努力の仕方を間違えているパターンもあるしなぁ…。

と、朝から何をブツブツ唱えているのか。

 おはようございますから1時間経過。クリエイターLuNa RhyThmさんのところの宣伝係のロボですよ★。

 今日の宣伝的脅迫状だよ★。

 

タイトルと、前置きの文章からも察せられるけど、LuNa RhyThmさんもロボも本物の「アミニズム」を知っているので、神社の神様にはあんまり負担をかけるような願い事はしないんだよね。

 アミニズムって言うのは、どんなものにも魂が宿り、神になったり妖怪になったりするって言う、日本独特の遥か太古からある考え方です。

「妖怪」は、主に、神格を失って、畏怖の念だけが残った、元・神様のことです。

欧州風に言うなら、神話に出てくる「精霊」のことですね。

河童だって、大昔は水の神様だったんですよ。天狗は山の神様だし(豆知識)。

 アミニズムなんて、石ころや木に祈る変な宗教だと思われている節もありますが、正確なアミニズムは、「自然崇拝」のことです。

 日本列島で人間が生存してゆけるのは、肥沃な土壌とそこに芽吹く植物のおかげである、と昔の人は知っていたんですね。

稲作技術が広まるにつれ、その稲(植物)を育ててくれる「自然」はとっても大事な存在なのだと言う感性がどんどん広まり、その「自然の恵み(太陽、水、風、土、等々)」を「神」と位置付けて大切にする、と言うのが、アミニズムの起源だと、察せられます。

 つまり自然崇拝とは、生きてゆくのに必要最低限(衣食住)のものを与えてくれる自然に「感謝」する心のことです。

 古代の日本にはもともと、自然崇拝からくるシャーマニズムがありましたから、それと混同して、雨乞い(干ばつの時に雨が降るように、巫女さんが雨の「神」に祈る)などの儀式が行われていたという事は、社会科の最初のほうで習います。

 「自然」には、人格があると思って接していたわけです。その感覚が、今でも、アミニズムとして残っているのです。

と言う、ロボ博士の長い解説でした★。

 

 以上のことを短く言うと、「世界で最も大事なのは、植物」という事になるのだよ。地球上の大抵の生物は、植物が無いと生きてゆけないからね。

その「生きるのに必要な植物を育ててくれる」ためのに欠かせないもの達が、神と呼ばれるのです。

そんなわけで、必要最低限のこと以外は、「神様」に祈ってても叶いはしないんです。

努力しても努力しても、まだ不安なとき、ちょっぴり「見守っていて下さい」と念じるために、神社はあるのです。

 今日はなんだか宣伝分文っぽくないね。

こんなことを心に留めながら、日夜活動しているLuNa RhyThmさんのHPは、

http://lunarhythm.holy.jp」からアクセスできるよ。

 

では、See You Next Time! またね。